人気ブログランキング |

吉田けい子の青空ネット~いつもココロに青空を。LOVE&blueSKY~ aozoranet.exblog.jp

岩手県議会議員吉田けい子公式blog。〜岩手の未来を私たちの手で〜持続可能な社会創り。森とトレイルと馬っこと猛禽類が大好き。特技わんこそば最高130杯。いつもココロに青空を。LOVE&blueSKY


by aozora-keiko
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

2012年 01月 07日 ( 1 )

政治の勉強をした訳でもなく、小さい頃から政治の世界を志していた訳でもない、どちらかといえば政治の苦手なそして嫌いな私が、なぜ県議を目指したのか。

小さい頃から世界地図を見るのが大好きだった。地球儀を眺めながら、「ここに行って~あそこに飛んで~」、なんてひとり遊びを良くしていたのを覚えています。中学で習い始めた英語ももちろん大好きだった。
英語ばかり大好きな(勉強も英語しかしない)ただの英語バカ(正確には、部活(テニス)も一生懸命だったので部活と英語バカです)。外国人になりたいと想ったこともあった(日本人以外の人から見れば、私だって外国人なのに笑)。私の家系はどちらかというと海外との縁がなかったのに、どうしてだろうなあと、いまだに不思議に想うことがある。

そんな私は高校生で念願の初海外行き(アメリカ留学)を果たす。とにかく全てが真新しく、学校、文化、習慣、食べ物、ファッション、うーーーーん、どれも憧れの世界でした。10キロ以上太り心身ともに実り多き学びの1年でした。

この留学を機に、私は国際貢献の仕事がしたいと漠然と想うようになり、大学を選んだ。大学では外国語と国際関係が専攻でしたが、殆ど勉強もせず(先生そして学費を払ってくれた両親へご免なさい!)サークルや趣味に没頭し、今では正直心から後悔しています。もっとちゃんと勉強しておけばよかった・・・!(学生の皆さん、学生の時にしか学べないことが沢山あります、ぜひ今のうちに勉強をきちんとしましょう。)

大学3年生でほぼ単位を取得してしまった(決して優等生だったからではありません・・・)私は、大学4年生の時は、デザイナー兼スタイリストのアシスタントのバイトに明け暮れたのち、そのまま、アパレル企業に就職。海外ブランドを扱うセレクトショップだったため、仕事で英語は使えるし、好きなデザインの仕事も任され、何不自由ない社会人を送っていた矢先に、そう、あの10年前の9.11のニューヨークの同時多発テロが起こった。

高校生の時に、今はグランドゼロとなったあの場所へ世界各国の留学仲間と一緒に行ったあの場所。私にとっても全く他人ごとではなかった。テレビで観る映像が理解できなかった。映画のワンシーンを観ているようだった。信じたくなかった。「もしかしたら私も死んでいたかもしれない。」

この9.11が私の人生における1回目の大きな転機。

大学を卒業し、仕事をし始めてある程度の収入を得られるようになり、親にまだ心配をかけるような生活ではあったけど、社会人として数年が経ち、何不自由ない生活(のはず)だった自分、しかし、その「不自由ない生活」が違うと感じ仕事を辞めて、途上国へ行く決心をする。

「一度きりの人生、後悔しない!」そう想い、就きたかった国際貢献の仕事を自分の目で体で、まずは現場でチャレンジするため、青年海外協力隊に応募。やる気と体力だけが勝負だった。南米で最貧国にあたるボリビアに派遣された。

世界一標高の高い首都ラパスは、富士山と同じくらいの4000m級!私が2年間ボランティア活動したトラタ村(コチャバンバ州)の標高は岩手山と同じくらいの2400m程。人口約5000人程の村役場で仕事をしました。本当に貴重な経験がたくさん。狂犬病がまだある国ボリビアで任地赴任後まもなく野良犬に噛まれ、大変な想いをしました。アメーバ赤痢に何度もかかり苦しかった。乾期の水不足時に雨でシャワーをした(体を洗った)。やっぱり10キロ以上太った。他にもまだまだありますが、またいつか紹介したいと思います。

青年海外協力隊のボランティアから帰国して岩手に戻った。戻ったというよりは、“とりあえず”、戻った。協力隊の仕事を通じて、開発途上国の村落開発や地域活性化支援の勉強をじっくりしたいと想い始めていたが、同時に、前職である岩手県男女共同参画センター(NPO職員)での仕事と出逢う。

高校卒業以来社会人になって初めての地元岩手県に戻っての仕事は、正直とても新鮮だった。岩手で生まれた自分なのに、知らないことばかり。見たことない場所ばかり。「自分の生まれ育った街ってこんなんだったのか、岩手って実は魅力がいっぱいじゃないか!」その反面、課題も山積していることに初めて気づかされた。社会の役に立ちたいという想いで、国際貢献の仕事がしたいと途上国支援の仕事を続けようとしていた自分が、岩手に戻り一番に感じたこと、それは、岩手にも困っている人がたくさんいるということ、貧困は途上国だけじゃないってこと、そして、自分の生まれ育ったこの岩手のために私が少しでも貢献できるならば何とかしたい!、と。

これが県議を目指したきっかけです。

先輩である及川あつし県議にボランティアをさせて頂きたいというメールを送りました。驚きました。及川県議からすぐ返事を頂きました。私のような人間に会って下さるなんて!親身になって私の話を、ご多忙の中、聞いてくださいました。「そして補欠選挙に出ないか?」と。

私は、「チャンス」って2種類あると想っています。自分で創りだすチャンスと、人様から与えられるチャンス。自分で創りだすチャンスというのは自分次第、いつでもあります。しかし、人様から与えられるチャンスは、自分では生み出せないんです

ここから政治への扉を開くことになり、2010年9月11日に県議に初当選。

何も解らず、慣れない生活に四苦八苦しながら、諸先輩方に教えていただきながら歩み始めてちょうど半年、あの2011年3月11日が来た。

私の人生の第2の大きな転機となりました。

本当に激動の2011年でした。
あっという間の1年。でも、深く重い1年、一言では語れないし、頭の整理がまだ自分でも上手くできていないのが正直な気持ちです。

10年前のニューヨークのテロ9.11で、「一度きりの人生、後悔しない!」と誓った。

南米ボリビアでのボランティア生活で、「人生に無駄な経験など何一つない!」と学んだ。

そして、3.11。「生かされていることに感謝をし、身近な人への愛の心を忘れずに、1日1日を大切にしていきたい!」そう想った。

2012年がスタートしました。
復興元年。
そして、県議吉田けい子元年でもあります。
人間的にも政治に携わる人間としても、まだまだ若輩で未熟であるために、諸先輩方をはじめたくさんの方々にご迷惑とご心配をお掛けしっぱなしな私ですが、1日1ミリでも成長し、急ぎ過ぎずでも少しでも早い岩手の、日本の、そして世界の復興を目指し、鋭意努力していきたい。

新しいこと、慣れないことばかり、色々な波風に揉まれ、気が滅入るときもありますが、少しでも早く少しでもたくさん県民の皆さまの期待に応えるべく、自分のペースを掴み、自分らしく今年も頑張ります。
いつも私を支えてくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
心から感謝しております。

昨日6日(金)、NHKで25歳の若者2人が特集されていました。
一人は企業家男子村上太一くん(25歳)、そしてもう一人は、先日、史上最年少トップ当選をされた新潟県津南町議員の桑原悠さん(25歳)
いつの時代も若者が世界を変えてきました。
やばいね、私も負けてはいられないーーーー(^c^;)!!!
良い刺激になりました、thanks Haruka-san & NHK san !

Stay hungry, stay foolish !


追伸
風の又三郎さま>
素敵な励ましのお手紙、有難うございました。慣れない生活で肩を落とした時に、ふとおはがきを頂戴し、感涙でした。嬉しかったです。いつも本当にありがとうございます。
by aozora-keiko | 2012-01-07 05:31